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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)130号 判決

原告 鹿倉鉄太郎

被告 向島税務署長

代理人 国吉良雄 外四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判(省略)

第二原告の請求原因

一  本件各更正の経緯(省略)

二  本件各更正の違法事由

しかしながら、本件各更正は、次のとおり、その手続に違法があり、また、所得を過大に認定したものであるから違法である。

1  更正を行うに必要な調査の欠如

被告の税務職員が原告の昭和三九年及び同四〇年分の所得税について行つた調査は、昭和四二年九月下旬及び同年一〇月初旬の二回にわたる原告宅の臨店調査であるところ、第一回目は、原告が不在であつたため、職員は原告方に数分いただけで調査はせずに退出し、また、第二回目は、原告は在宅し、専従者給与の点などについて質問があつたが、原告の長男渟一がテープ・レコーダーを持ち出したり、他の民主商工会会員が立会つたりしたこともあつて、調査にならないとして一五分以内の臨店で退去した。

したがつて、本件(一)、(二)更正は、いずれも調査に基づかないものであるから、違法である。

2  本件各更正の目的の違法性

本件各更正は、墨田民主商工会の破壊を目的としたものであつて、違法である。すなわち、

(一) 税務当局は、昭和三八年五月、当時の木村国税庁長官が記者会見で「民商を三年間でつぶす。」と述べて以来、民主商工会を反税団体とか納税非協力者団体と呼び、従前のように税務当局の方針と民主商工会の要請を相互に話し合うというような交流も絶たれたばかりでなく、同会会員に対して、調査と称して、事前通知もなく二、三人の税務職員が強迫的な態度で臨店し、また、同会会員の得意先等に対して、同会会員と取引などするから調査しなければならなのだ、といつて暗に取引を止めるようにし向けたりするようになつた。

墨田税務署も、昭和三八年五月以降、同会会員に対して申告書記載内容について疑問点をきくという、いわゆる「見直し調査」を拡大して同会会員を呼びつけたり、事後調査という名目で職員を二人組で会員方に臨店させたりなどして、同会からの退会をほのめかすようになつた。その結果、墨田区内の本所、東本所地区では七十数名の同会会員が集団脱会し、元墨田税務署長が会長となつて組織された官制団体である税務協会に脱会者を加入させることなどが行われた。墨田税務署は、昭和三七年七月本所税務署と向島税務署の二署に分けられたが、昭和四二年七月からは、向島税務署において、民主商工会ほかいわゆる特殊団体の会員等に対する調査を専門とする所得税第四係を設置し、同係は「特団係」と呼ばれた。そして、右特団係には係長外山一弘のほか森山政邦、高柳和午の二名が配属され、同年九月から三人一組又は二人一組となつて民主商工会会員二十数名に対しいつせいに事後調査と称して事前通知もなしに臨店調査を開始し、右調査についてなんらその理由の説明をしないばかりでなく、「民商は反税団体だ。民商をやめろ。嫌だといつてもそのうちやめて貰うようになる。」などという趣旨の脅迫を行い、脱退工作をした。

(二) 原告は墨田民主商工会会員であるところ、昭和四二年九月下旬ころから被告の特団係の職員が、原告本人に対する調査以前に取引先の反面調査をしたうえ、三人一組又は二人一組となつて原告に対し事前通知を欠く臨店調査を行い、原告の都合もきかず調査を強行しようとしたのであり、また、同年一〇月一六日向島税務署を訪れた原告に対し、前記外山は「五年さかのぼつて課税する。しかし、民商をやめれば三年にしてやつてもいい。」などとといつて、脱会届用の内容証明用紙を交付するとともに、同会に対する脱会届の文案を書いて手渡した。

(三) このように、本件各更正は、原告の墨田民主商工会からの脱会、ひいては同会の破壊を目的として行われたものであるから違法であつて、取消しを免れない。

3  所得の過大認定(省略)

三  結論(省略)

第三請求原因に対する被告の認否及び主張(省略)

第四被告の主張に対する原告の認否及び反論(省略)

第五証拠関係(省略)

理由

一  本件各更正の経緯

請求原因一の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件各更正の違法事由の存否

1  更正を行うに必要な調査の有無

(証拠省略)及び弁論の全趣旨を総合すると(一部争いのない事実を含む。)、被告の職員は、昭和四二年九月下旬及び同年一〇月初旬に、原告の本件係争年分の所得税の調査のために原告方に臨み、原告の長男であり事業専従者でもある鹿倉渟一及び原告に面接し(第一回目は渟一のみ)、同人らに事業内容等について質問し、かつ、帳簿書類の提示を求めたが、同人らは税務調査に応じない態度を明らかにしたこと、そこで、被告の職員は、右の第一回の臨店調査の後に、原告の取引銀行である協和銀行亀戸支店及び国民相互銀行吾嬬支店において、原告の昭和四一年分の売上先及び売上金額を調査し、更に、東京電力株式会社江東支社において原告の本件係争年分の電力消費量を調査したうえで、被告は右調査等に基づいて本件各更正をしたことが認められ、右認定に沿わない(証拠省略)は前掲各証拠に照らして採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

してみると、本件各更正は、いずれも調査に基づいて行われたことが明らかであるから、原告のこの点に関する主張は失当である。

2  本件各更正の目的の適否

(一)  (証拠省略)によると、原告の本件係争年分の所得税の調査を担当した向島税務署所得税課第四係には、係長外山一弘ほか二名が配属されて、昭和四二年七月から同四三年七月までの一年間に調査対象者約四〇名中約二〇名の民主商工会会員の所得調査を行つたこと及び右職員らは当時原告が同会会員であることを知つていたことが認められ、また、外山ら被告職員が同年九月ころから三人一組又は二人一組となつて原告に対し事前通知をすることなく原告方の臨店調査を行つたこと及び右外山が原告の墨田民主商工会からの脱会届の文案を書いて原告に手渡したことは、当事者間に争いがない。

(二)  しかし、(証拠省略)及び弁論の全趣旨によると、まず、被告が原告を調査対象に選定したのは、原告の昭和四一年分の所得税の申告額が、原告の生活状況、作業場、機械及び従事員数等に照らし、かつ、他の同業者等に比して、著しく低かつたためであること、また、被告は、調査担当職員の人数及び事前通知をするか否かは、専ら当該事案の性質・内容に応じて決めていること、更に、右外山は原告の前記脱会届の草案を作成して原告に交付したが、これは、昭和四二年一〇月一四日に代議士秘書宇田川某が向島税務署を訪れて、原告が民主商工会を脱会する意向であるから課税につき寛大に取り計らつてくれるよう依頼したうえ、原告本人も翌日来署して、外山に民主商工会から脱会したいからその届書のひな型を書いてくれと頼んだので、右脱会届の文案を鉛筆書きして原告に手渡したものであつて、その際、外山は原告に、脱会届を出すについても家族とよく相談するよう念を押したことが認められ、右認定に反する(証拠省略)は前掲各証拠に対比して採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

してみると、前記(一)の事実をもつて、被告が墨田民主商工会の破壊を目的として右のような調査を行い、本件各更正をしたものと断ずる根拠とすることはできない。

(三)  ところで、(証拠省略)には、昭和三八年木村国税庁長官が民商を三年間でつぶす旨述べたとの供述部分があるが、同証言は、民主商工会役員の発言又は同会発行の文書により知り得た伝聞に基づくものであることが同証言自体から認められ、にわかに信用し難い。

そのほか、右(証拠省略)中には、外山らが原告等の民主商工会から脱会を勧めたり、原告の取引先にも原告の同会脱会を勧めるように依頼したとの供述部分があり、また、(証拠省略)中にも、被告の職員が同会会員の取引先に同会会員との取引を止めるように云つたとの供述部分があり、更に、(証拠省略)中にも、原告など同会会員と取引していると取引先も徹底的に調査される旨の部分があり、また、原告本人尋問の結果中にも、前記外山が原告に対し、同会を退会すれば五年間遡つて更正すべきところを三年間の更正にとどめるし、税額の話し合いにも応ずると云つた旨の供述部分もあるが、いずれも(証拠省略)及び弁論の全趣旨に対比してにわかに採用し難い。

更に、原告は、被告の職員が原告本人に対する調査以前に取引先の反面調査をしたのは違法である旨主張するが、本人に対する調査以前の反面調査が直ちに違法であるとはいえないばかりでなく、同職員が反面調査を行つたのは、原告に対する第一回目の臨店調査において原告の長男(事業専従者)が調査を拒否する態度に出た後であることは、前記1のとおりであるから、原告の右主張はいずれにしても失当である。

(四)  以上のとおり、被告が民主商工会の破壊を目的として原告に対する調査及び本件各更正をしたとの原告の主張は、採用するに由ない。

3  被告による所得金額算定の適否

(一)  昭和三九年分の所得金額の推計の適否

(1) 加工賃等収入額 三七二万七〇九七円

(証拠省略)及び弁論の全趣旨によると、原告は本件係争年当時、パワープレス四台及び足踏み式機械四台を使つてハンドバツク等の口金のプレス加工をしていたが、殆んどの作業はパワープレスによつて行つており、この機械使用状況は年によつて異なることはないこと及び右パワープレスは、専ら三馬力の電動機一台によつて作動していることが認められる。したがつて、原告の事業たる前記加工のための動力源はほとんど電力に依存していたことが明らかであつて、電力の消費量と加工量ひいてはそれによつてあげる加工賃収入とは概ね正比例するものということができるから、原告の電力の消費量からその加工賃等収入を推計することは合理的であるというべきである。

ところで、原告の昭和四一年分の加工賃等収入額が三八六万七〇八六円であり、同年分の電力消費量が二二一三キロワツト時であつたのに対し、昭和三九年分の電力消費量が二一三三キロワツト時であつたことは、当事者間に争いがない。そこで、原告の昭和四一年分の右加工賃等収入額に、原告の昭和三九年分の電力消費量の同四一年分の電力消費量に対する比率〇・九六三八(小数点五位以下切捨)を乗じて昭和三九年分の加工賃等収入額を推計すると、三七二万七〇九七円となる。

なお、原告は、右の推計方法が加工賃の変動を全く考慮していない点で不合理である旨主張する。しかし、(証拠省略)によると、ハンドバツクの口金等の加工賃は、昭和三九年ないし同四一年当時には、大工・左官その他の職人の手間賃等と比べて高率であつたため増額する必要がなく、結局、その間全く賃上げされなかつたことが認められ、右認定と符合しない(証拠省略)は前掲証拠に対比して採用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。してみると、原告のこの点に関する主張も失当というほかない。

(2) 必要経費 一四六万八一九七円

昭和三九年分の原告の事業上の必要経費が一四六万八一九七円であつたことは、当事者間に争いがない。

(3) そこで、前記(1)の加工賃等収入額から右(2)の必要経費の額を控除して計算される原告の昭和三九年分の総所得金額は二二五万八九〇〇円であつて、この額は、本件(一)更正のうち審査裁決によつて維持された総所得金額一六七万六〇二二円を上回ることが明らかであるから、被告主張の屑売却収入として加算すべき額の存否につき判断するまでもなく、本件(一)更正には、原告主張のような所得の過大認定の違法はないものというべきである。

(二)  昭和四〇年分の所得金額の推計の適否

(1) 加工賃等収入額 三一六万四四三六円

原告の電力の消費量からその加工賃等収入を推計することが合理的であることは前記(一)の(1)のとおりであるところ、原告の昭和四一年分の加工賃等収入額が三八六万七〇八六円であり、同年分の電力消費量が二二一三キロワツト時であつたのに対し、昭和四〇年分の電力消費量が一八一一キロワツト時であつたことは、当事者間に争いがないから、原告の昭和四一年分の右加工賃等収入額に、原告の昭和四〇年分の電力消費量の同四一年分の電力消費量に対する比率〇・八一八三(小数点五位以下切捨て)を乗じて昭和四〇年分の加工賃等収入額を推計すると三一六万四四三六円となる。

(2) 必要経費 一二五万二三五五円

昭和四〇年分の原告の事業上の必要経費が一二五万二三五五円であつたことは、当事者間に争いがない。

(3) そこで、前記(1)の加工賃等収入額から右(2)の必要経費の額を控除して計算される原告の昭和四〇年分の総所得金額は一九一万二〇八一円であつて、この額は、本件(二)更正のうち審査裁決によつて維持された総所得金額一四五万八二六八円を上回ることが明らかであるから、被告主張の屑売却収入として加算すべき額の存否につき判断するまでもなく、本件(二)更正には、原告主張のような所得の過大認定の違法はないものというべきである。

(三)  昭和四一年分の所得金額の推計の適否

(1) 加工賃等収入額 三八六万七〇八六円

原告の昭和四一年分の加工賃等収入額が三八六万七〇八六円であつたことは、当事者間に争いがない。

(2) 必要経費 一四八万〇〇二一円

昭和四一年分の原告の事業上の必要経費が一四八万〇〇二一円であつたことは、当事者間に争いがない。

(3) そこで、前記(1)の加工賃等収入額から右(2)の必要経費の額を控除して計算される原告の昭和四一年分の総所得金額は二三八万七〇六五円であつて、この額は、本件(三)更正のうち審査裁決によつて維持された所得金額一四六万六九〇六円を上回ることが明らかであるから、被告主張の屑売却収入として加算すべき額の存否につき判断するまでもなく、本件(三)更正には、原告主張のような所得の過大認定の違法はないものというべきである。

三  結論

以上判示の理由により、被告が行つた本件各更正には、原告主張のような違法がないことが明らかである。

よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 加藤和夫 石川善則)

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